徒然サブカル随筆

気の向くままにサブカルについて綴ります

僕たちはNUMBER GIRLを知らない その1

遅ればせながら、NUMBER GIRL 活動再開本当に、本当にありがとうございます。
私の人生の中で3本の指に入るバンド。これぞジャパニーズ・ロックであると確信できたサウンド
生で見られることに大変興奮しております(すでにライジングの会場は抑えた。ヘブンズ最前線で見るぞ俺は)

さて、NUMBER GIRL。いわずと知れた伝説的バンドではあるが、サブカルこじらせていない人にとっては「誰それ?」という認識しかないだろう。30代前後ぐらいの人までで、よほどロックが好きでもない限り、このバンドを知っている人はそう多くはない。

でも、本当にかっこいいのだ。最高にROCKなのだ。後続のフォロワーがごまんといるのも頷けるのだ。
なので今回は、私のわかる範囲で、NUMBER GIRLがどんなバンドだったのか、どんな影響を残してきたのかをまとめていきたいと思う。
私も後追いで入ったクチなので、実際にライブに行ってた人たちに比べたら全く知識なんてないかもしれないが、好きだということは変わらないのでご容赦願いたい。


さて、NUMBER GIRL。活動期間は1995年から2002年までの7年間(メジャーデビューは1999年)で、その後の邦楽ロックに大きな影響を与えたバンドである。

Vo.Gt 向井秀徳
Gt 田淵ひさ子
Ba 中尾憲太郎
Dr アヒトイナザワ

の4名。特にフロントマンの向井秀徳存の在感たるや。まずは黙ってアー写をご覧いただこう

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2019年撮影時のアー写


あれ?ダサくね?と思った諸君。ちょっと待ってほしい。
彼らの現役時代のアー写もご覧いただこう

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現役時代のアー写




はい。お察しの通りこのバンド、ビジュアル面では全く魅力がありません。
当時、ボーカルの向井秀徳の恰好はまさに「のび太」もしくは「アキバのオタク」にしか見えない。
しかも彼らがメジャーデビューした1999年は L'Arc〜en〜Ciel・GLAYの全盛期。
そのほかにもTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTBLANKEY JET CITY等、ビジュアル面で魅力のあるバンドか、いわゆる「ロックンロール」のイメージ通りの革ジャンやスーツでキメるバンドが大半だった。


お世辞にもビジュアルはよくないし、歌だって全くうまくない。というかむしろ何を言っているかわからない。
だけど、ひたすらに「圧」は感じる。とてつもない初期衝動を感じるのだ。
今風に言うなら「エモい」とでもいうのだろうか。
まぁどんな感じなのか、とりあえず一曲聞いてみてほしい。



youtu.be


いかにもイケてなさそうな男が、鬼のような形相で叫びながら歌っている。なのに曲はとても爽やか。
それまでのロックンロールのようなギターの歪みもなく、ただひたすらに、ジャキジャキしたシングルコイルの音で畳みかける。
「ダサいんだけど、でもかっこいいんだよ!!!!」
と声を大にして言いたくなる。このバンドを見てから私はロックンロールは「衝動」の音楽だと思っている。顔や歌のうまさなんてどうだっていいんだ。「圧」を。「衝動」を。どれだけ伝えられるかがロックンロールか否かだ。

もっと単純に言うと「俺だってロックンロールをやったっていいんだ」と思わせてくれたのだ。
陰キャでも、根暗でも、それでも何か叫べばロックンロールができるということをまざまざと見せつけてくれたのがこのバンドだ。





「福岡市。博多区から参りましたNUMBER GIRLです」


www.youtube.com


向井のこの一言から始まる「OMOIDE IN MY HEAD」は彼らの代表曲。アヒトイナザワのこれでもかといわんばかりの手数のドラム。中尾憲太郎のルードかつ直線的なベース。田淵久子の唸りにも、叫びにも似たギター。そしてそれをまとめ上げる向井秀徳の圧倒的センス。どれをとっても最高だ。そして、聞いた後に俺は眼鏡をかけなおし、ふらつきながらジントニックを飲むのだ。


ぜひ、ライブで見てほしい。CDではこのバンドの魅力をすべて表しきれていないのが事実だ。

それまで「不良」や「イケてる」人たちがスポットライトを浴びていたロックンロールの流れに新たな一石を投じたのがこのバンドだ。
そして、今多くのバンドがテレキャスターを使っているのも、このバンドの影響が大きいと個人的に思っている。

今回はここまで。
次回はNUMBER GIRLサウンドの個性。なぜ「ジャパニーズロック」と私が思っているのかも含め、もう少し論理的に書いていこうと思う。
今回は再結成がうれしすぎて感情の赴くままに書いてしまった。

とりあえず、「ダサいやつらが叫ぶ」ことが「ROCK」に結びついたという偉大な功績を成し遂げたバンドだということを今回は理解していただけたら嬉しい。

マジで知らない人たちはライブをみてくれ!youtubeでいいから!ほんとカッコいいから!

不幸は創作の種

半年くらい更新をさぼってしまった。
リアルが充実すると創作活動がおざなりになる説は割と的を得ていると思う。
仕事面でもプライベート面でも、大きな変化があったための更新頻度の激減でした。まずはお詫び申し上げます(自分の趣味で書いてるから更新頻度もクソもないのだが)

今後は月一ペースに戻せるといいな。新しくTwitterのアカウントも作ったので積極的に記事の宣伝とかやってみようかとも模索中だ。よろしければフォローをば願います。

twitter.com


無事齢を一つ積み重ねたところで、今回のテーマ。「幸せな人は創作活動ができるのか問題」だ。

絵にしろ、小説にしろ、音楽にしろ、何かしら「創作活動を行う人間は必ずその人間の根本にある、「ある意識」が元になっている。

「認められて、有名になりたい」という、人間が人間たるゆえんの感情。「承認欲求」だ。


自分だけで趣味で細々とやる人も中にはいるだろうが、多くの人は自分の作品を他社から評価してもらいたいという欲求を持っている。
ネットに自分の作品を掲載しているということは、つまりはそういうことである。もちろん私も例外ではない。

その承認欲求は、自分に満足してしまうと途端にその欲求を失ってしまう。
そんなことをしなくても十分自分は認められている、と感じることができれば、作品など発表する理由がなくなるからだ。

仕事で、恋愛で、自分が今幸せだと感じているならば、わざわざ哲学書なんて読まないし、失恋ソングなんて聞く必要ないのだ。

その感情が、創作活動を阻害してしまう。作品を作るモチベーションがなくなる。俗っぽい私みたいな人間ならばなおさらだ。
だが、生まれてからずっと幸福な人間なんているだろうか?必ずつらいとき、苦しいときが人生の中であったはずだ。

その時感じた孤独や怒り、羨望や嘲笑の感情を、私は常に持ち続けて生きていたいと思っている。
自分に今彼女がいようが、まともにモテた試しなどないのだから、イケてる男に向ける殺意を正当な感情であると思い続けていきたいのだ。

南海キャンディーズの山里が結婚記者会見でも言っていた
「結婚したからといっても、今後もモテてる奴はむかつくと思いますし、毒も吐くと思います」
この気持ちを忘れずに持っていたい。

今までの自分が感じた気持ちを風化させずに、同じ境遇のどこかの誰かに伝わるようなものを作りたいと思う。

更新頻度は少なくなるかもしれない。いつか書かなくなるかもしれない。
でも、それでも過去の痛みを忘れて生きるようなダサい生き方はしたくない。

と、いうことでこれからもこのブログでは私の捻くれあがった感情をあたりにまき散らすような文章を書いていきます。
新しいバンドの紹介とかも、まだまだしたいしね。

コメントや私のツイッターに、今後のブログのお題など書いてくれると、たぶん更新頻度爆上がりするので、こういうの聞きたいというもの好きな方がいればぜひ教えていただきたい。

とりあえず次回は、復活前にNUMBER GIRLを総ざらいする記事を書きます。
私の青春の音楽を全部ぶつけてやる。覚悟しとけ。

骨ポキ演説

諸君 私は骨ポキが好きだ
諸君 私は骨ポキが好きだ
諸君 私は骨ポキが大好きだ

指ポキが好きだ
足ポキが好きだ
膝ポキが好きだ
肘ポキが好きだ
手首ポキが好きだ
足首ポキが好きだ
腰ポキが好きだ
首ポキが好きだ
股関節ポキが好きだ

自室で 職場で
街中で 移動中で
ジムで 学校で
旅先で 飲食店で
接待で レジャーで

この人体で行われる ありとあらゆる骨鳴らしが大好きだ


大きく捻った腰骨の一斉ポキが 轟音と共に倦怠感を吹き飛ばすのが好きだ
真っ直ぐに伸ばした肘関節が 捻りを加えてボキボキなった時など心がおどる

仕事帰りに履いてるリーガルの27cmで足首をポキするのが好きだ
悲鳴を上げて 軋み行く関節から飛び出してきた気泡を
革靴で力任せに鳴らした時など胸がすくような気持ちだった

つま先をそろえた両足指の関節が 職場の沈黙を蹂躙するのが好きだ
中毒状態の後輩が 既に鳴らし終えた関節を 何度も何度もポキろうとしている様など感動すら覚える

現実主義の常識人達に股関節の鳴らし方を仕込ませる様などはもうたまらない
ビビってる一般人達が 私の降り下ろした手首とともに
金切り声を上げる関節の快楽物質で ばたばたと虜になっていくのも最高だ

哀れ な抵抗者達が それらしい知識で健気にも立ち上がってきたのを
iPhone8の高音質録音で 手の関節全てを木端微塵に鳴らした音を聞かせた時など絶頂すら覚える

首腰のヘルニアに滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった神経が蹂躙され 女子供の動きにすらついていけなくなる様は とてもとても悲しいものだ

正論の物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ
1tの衝撃があるぞと蔑まれ 害虫を見るような目で見られるのは屈辱の極みだ


諸君 私は骨ポキを 地獄の様な骨ポキを望んでいる
諸君 私に付き従う骨ポキ戦友諸君
君達は一体 何を望んでいる?

更なる骨ポキを望むか?
情け容赦のない 糞の様な骨ポキを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし 人体全ての関節を殺す 嵐の様な骨ポキを望むか?


 「 骨ポキ!! 骨ポキ!! 骨ポキ!! 」


よろしい  ならば骨ポキだ

我々は満身の力をこめて今まさに蹴り上げんとする膝関節だ
だがこの周りの白い目に何年もの間 堪え続けてきた我々に ただの骨ポキでは もはや足りない!!

大骨ポキを!! 一心不乱の大骨ポキを!!

我らはわずかなマイノリティ 千人もいない変態にすぎない
だが諸君は 一ポキ当千 の古強者だと私は信仰している
ならば我らは 諸君と私で総兵力100万と1ポキの狂人集団となる

骨ポキを忘却の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう
首をつかんで無理矢理鳴らし 眼を開けさせ思い出させよう
連中にヘルニアの味を思い出させてやる
連中に我々の骨ポキの音を思い出させてやる

天と地のはざまには 身体に悪いという一般論では思いもよらない事があることを思い出させてやる

一千人の骨ポキの狂信者で
関節を鳴らし尽くしてやる

「最後の大隊 大隊指揮官より全骨ポキ艦隊へ」

第二次 ポキポキ作戦 状況を開始せよ

鳴らすぞ 諸君






何書いてるんだろう俺。
とりあえず骨ポキとヘルシングが大好きです

見える風景と言い訳

例えば受験。例えば就活。例えば結婚や出産。人間は様々な人生の分かれ道に出くわす。
その時に、否応なしに。頭ごなしに選択を強いられる。
そう考えると人生は「決断」の連続で構成されているとも言えるのかもしれない。
それでも「この道があっているのだろうか」「あっちのほうがいいんじゃないのか」なんて考える余裕なんて与えられない。
時間は無常にも、不条理にも過ぎ去っていくものである。

ふと、思い出すものがあった。高校生の時だ。
周りの先生やクラスメイトが口を揃えて言っていた。「旧帝大早慶に入れないやつは負け」という言葉。
同調という名の無言の暴力に押しつぶされて、いつの間にか自分も同じ考え方になっている。あの感覚。

さらに思い返すと、大学の時。就活真っ只中。
「あいつは一部上場企業に内定もらったらしいぞ」「あいつは中小だってさ。終わってるよな」
そんななんの根拠もない憶測の会話が飛び交う。パブリックイメージとは恐ろしいものだ。
上場していれば安心だ。定年まで働けるなんて絵空事。今の世の中じゃ通じるわけもないのに、どうしても大人数はそっちに流れてしまう。
もちろん私もその大人数の一人に甘んじてしまっていることは確かである。

その時の周囲の環境で、見える景色は大きく変わってくる。
自分の幸せというものは、実は他者からの評価で築きあげられているということに気づいていない人も多い。

「自分が幸せならそれでいいじゃん」という人はごくわずかで、基本的に人というのは多かれ少なかれ「承認欲求」を持っている。
マズローの欲求説の上から2番目であり、「欠乏欲求」に該当する。一番上は「自己実現欲求」だ。上記したごくわずかな人たちがそれにあたる。
つまりはみんな、何かしら認められたいのだ。その手っ取り早い方法が社会的なステータスを持つということになる。
そしてそれは、現代の社会で生活するうえではなくてならないファクターである。

「お義父さん!お嬢さんを僕に下さい!」なんて臭いセリフを吐くにしろ、その両親が求める条件の筆頭に上がるのは「ちゃんとした仕事に就いているか」である。
「定職にはついていません!でも自分の好きなことをしてます!私は今幸せです!お嬢さんも幸せにします!」なんてことを言って認めてもらえたら驚きだ。
社会的なステータスというものはそのまま「信用」に直結する。例えば住宅ローンやクレジットカードの審査、アパートの契約。すべてがその人の「信用力」で判断される。

つまり、大多数が認める存在になることで、社会で生きていく上で不自由なく過ごすことができるということだ。
金持ちになりたかったり、有名になりたいという気持ちは、根底にこの部分が関係してきている。と私は考えている。


話を戻そう。人生は決断の連続だ。決断するためには、本人の努力であったり、運だったりが大きく関係してくる。
限られた時間の中で下した結論が間違ってしまうこともあるだろう。
その時に後悔して、落ち込んで、生きてることが辛くなる前に、もう少し見方を変えてみようじゃないか。


評価というものは「比較」から成り立っている。自分の今いる場所があいつと比べて上か下かで判断される。
さっきの例で言えば「進学校旧帝大早慶に入れなかったものは人生負け組」「上場企業に入れなかったら人生負け組」
と、こういう認識をその環境にいる人間の大多数が持っているということである。

では果たして本当にそうなのか?

いい大学に入ったはいいものの、遊びまくった結果留年。結果引きこもり状態になってしまう人と、いい大学に入れなくても、努力して会社に入って仕事を頑張っている人では、どちらが幸せだろうか。
大企業に入ったはいいものの、人間関係がうまくいかずストレスで鬱になる、いい給料をもらえているけど、激務過ぎて使う時間すらなく体調を壊してしまう人と、有名な会社ではないが上司や同僚に恵まれ、楽しく仕事できている人では、どちらが幸せだろうか。

極論だと言われればそれまでだが、結局は人生の決断は「運」なのだ。ギャンブルだ。未来がどうなるかなんて誰にも分からないのに、今ある情報だけで今後の人生を判断することがそもそも間違いなのだ。
「でも、その決断に成功した人たちのほうが人生幸せに過ごせる可能性は高い」という意見が出てくるだろう。それは残念ながらその通りだ。
いい大学やいい会社に入ることで、その幸せを享受できる人の母数が増えるのは間違いない。既に社会的に認めらてれいるのだから幸せに暮らせる確率は上がるだろう。


でも、絶対じゃない。ここが重要。


既に決断をして、その結果が出ているものを変えることはできない。過ぎてしまったことをやり直すタイムマシンはまだ完成していない。
その出てしまった結果に一喜一憂して、今後の可能性を追い求める努力をしなくなってしまうことが一番のマイナスだ。
「もうこの大学に行けなかったから俺はもうだめだ」「第一希望の会社に入れなかったから俺の人生は不幸だ」
そう考える人はおそらく幸せにはなれない。幸せになる努力をそこで辞めてしまっているからだ。
逆に「いい大学入ったから俺の人生勝ち組だな」「大企業入ったしこれで安泰だ」なんて考えている人も幸せにはなれない。
今の社会的ステータスを過信しすぎて、努力することを辞めてしまっているからだ。

行動しないことが、人生の決断をするうえで一番不幸になってしまう選択だと私は考える。
マイナスのことばかり考えず、今の自分の立場を客観的に見てみよう。それは環境によってはとても難しいことかもしれない。
下ばかりみて、空の景色を見ることができなくなってしまっているかもしれない。
でも、そこで止まってしまったら確実に負けだ。現状が辛くて苦しいなら、その現状を打破する努力をしなくてはならない。

努力すれば結果が実るわけではない。だけど幸運以外の結果はすべて努力から生まれているのも事実だ。
その努力を行うために、現状の見方を変えることは「言い訳」に見えるかもしれない。今のレベルから下がることもあるかもしれない。
でも「言い訳」でいいじゃないか。それで今の現状を変える努力ができるのなら、ジャンジャン逃げ出すべきだし言い訳もすべきだ。

センター試験が終わり、大学入試がせまるこの時期、来る4月に向けて社会人の準備をしている大学生諸君。
今後辛いことがもしあったなら、この文章を読んだことをちょっとでもいいから思い出してほしい。
逃げても、言い訳してもいいんだということを頭の片隅にでも入れておいてほしい。それは決して負けではない。恥ずかしいことでもない。
それを思い出して、実行に移してもらえたら、この記事を書いた甲斐があるというもんだ。


しばらく更新さぼってたからちょっと濃いめのな内容書いてしまった。
今後はまたちょくちょく下らない内容の記事でも書くつもりなのでよかったら見てくださいね。

断つ。捨てる。離れる。

断捨離をした。今まで使っていなかった電子ドラムやアンプ、漫画やゲームやその他のサブカルっぽいものいろいろを全て売った。まぁ、それでもまだだいぶあるのだが。
お値段約3万5千円。今までの思い出やら思い入れやら含めると足りない感じが否めないのも正直なところではあるが、まぁまぁ及第点だと思う。


グッズなどの収集癖はあまりなかったが、本やら漫画やらゲームやらは、使わなくなって棚に全部を並べるところまでに快感を感じる癖を持っていたためになかなか捨てられずにいた。
しかし最近、途端に集めたいという気持ちが薄れてきてしまった。サブカルとしてこれはまずい。とてもまずい。年を取って新しいものに興味を示さなくなり、昔のものばかり思い返すのは典型的な懐古厨のそれだ。そうならないようにと自分に言い聞かせているのだが、興味を持つための時間と労力が億劫になってきてしまっている。

今までにだいぶ集めてきたという達成感か。それとも新しいものを探す体力を失った倦怠感か。確かめるためにもこの断捨離は必要だった。

断つ。捨てる。離れる。で断捨離。うまいこと言ったものだ。今までの思いを断ち、後ろ髪引かれる気持ちを捨てることで、今の状況から離れることができる。つまりは新しいステップに進むことができるということだ。

何か新しいことを始めるには、それ相応の心の体力が必要になる。このブログを立ち上げたのも「ブログを作りたい」と思ってから実に6年の歳月が流れた後である。
心の体力をつけるためには、何かしらのきっかけが必要だ。それが今回の断捨離だった。

きっと手放して後悔するものも今後出てくるだろう。だけど,たらとか、ればとか、考え出したらキリがない。何もないからこそ新しく集められるもの、始められることも絶対にあるはずだ。
きっと私は、今後も定期的に断捨離を行う。がっつり心の中身を入れ替えて、また新しいサブカルにのめりこんでいけるようにしていくのが、私の心の健康のためには必要不可欠なのだろうなと思ったのでした。


さぁ、売ったお金でニンテンドースイッチと新しいギターとベースとサンプリングの音源とDTMを一緒にやる友達を買うぞ!!!!!!!!
あれ、友達ってどこで売ってるの!!!?!??!?!!?!??!!?!?

テレキャスターに気ぃつけなはれや

9月21日。私が前バンド含めかれこれ10年近く追いかけているバンド「バズマザーズ」の札幌ワンマンに行ってきた。

私のことを知ってる人だったら、私が信者レベルでこのバンドを好きだということはご存知だと思うが、元々は前バンドの「ハヌマーン」にどっぷりハマったことがきっかけだ。

ショートディレイにビッグマフで歪ませたテレキャスター。リッケンのベース。手数だらけのドラム。そしてボーカル山田亮一の歌詞。最強の3ピースだったと個人的に思う。

今のバズマザーズももちろん大好きだし、今は今で当時と違った良さがあるのだが、やはり聴けるものならハヌマーン時代の曲を聴いてみたいと常々思っていた。

その中の一つに「幸福のしっぽ」という曲がある。
8分超の大作だ。山田亮一曰く「俺はここに人間の全てをこめた」

大言壮語なんかじゃない。現にここに、この歌で救われた人間がいるからだ。

私の人生で最大の挫折は大学受験だった。進学校に入り、今まで成績トップだった人間が途端に落ちこぼれと化した。高く伸びた鼻はとうの昔にへし折れ、それでもなんとか必死に食らいついて、浪人までして目標の大学入学を目指した。

しかしセンターで大失敗。頭が真っ白になったとはこのことだ。「なんで間違えたのか」すら分からなくて途方に暮れていたので、おそらくパニック状態だったと思う。
変なところでプライドが高い私は、合わせる顔がないと誰にも会わず、話さず、部屋で1人引きこもる生活を送った。

今思えばそんなことでと思うが、当時の私はそう思うことすらできない環境にあったのだ。落ちたら負け組。残りの人生に希望はない。そういう強迫観念にかられながら過ごした高校生活だったから。

完全に心を閉ざし、半分鬱状態になった私を見て、親は私の部屋から刃物類を全部没収した。紐の類も無くなってたと思う。当時の私の目は光がなく完全にイっていたらしい。確かに「どう迷惑をかけずに死のうか」と2週間部屋にこもって考えていたから割とガチだったと思う。

その時に聞いたのが「幸福のしっぽ」だった。
本当に嗚咽がとまらないくらい泣いた。今までも曲を聴いて感動して涙を流すことはあったが、それとはまた違った感情が私を襲った。

私もまだ、人間でいたかったのだ。どんなに辛いことがあっても、黙って全てを受け入れなくちゃいけないんだ。

決して明るい歌じゃない。むしろものすごく暗い歌だったが、その曲が私を救ってくれた。「今の現状を受け入れて生きていこう」と思わせてくれた。
山田亮一は私の命の恩人である。誇張抜きで。大尊敬しすぎるあまりライブ終わりに話しかけることすらできずソッコーで帰っている。


そんな曲を、10年近く聴きたいと思い続けた曲を、目の前で彼が弾いている。本当に感無量だった。涙をこらえるのに必死で。潤んだ視界で前が見えなくなって。それでも一音も聞き漏らすまいとして聴いた。

前バンドの曲をやることに、少なからず抵抗はあったとおまう。今のバンドもとても素敵なバンドだ。過去の曲をやるのは今のバンドに対して失礼だと思う気持ちももちろんわかる。


それでも。弾き語りとしてやってくれた。それだけで本当に嬉しい。私の命を助けてくれた歌を、ようやく私は聞くことができた。

山田さんがここを見てるわけはないんだけどれども、貴方の歌で救われた人間がここにいるということだけでも、こうして残る形で表明しておきたかった。

ありがとう、山田亮一。明日も同じ手段で仕事に行って、理不尽さも品性の無さも受け入れて、それでも私は生きていきます。それが人間でいることなのだから。

Rising Sun Rock Festival 2018 in EZO 参戦レポ兼自分用メモ1日目

毎年毎年懲りずに参加し、2年連続の雨に辟易しながらもなんだかんだで来年もいこうと思ってしまう。
このフェスはそんな魅力がある。やっぱりキャンプしながらのロックフェスは最高である。

テントを張ってるために「フェスなのにライブを見にいかなくても楽しめる」という空間を作れるのはこのフェスだけだろう。
テントでビール片手に聞いた奥田民生は最高だった・・・

ライブ参戦リスト(1日目)
サンボマスター
岡崎体育(チラ見)
・SIM(チラ見)
yonige
ASIAN KUNG-FU GENERATION
・T字路s
・ORENGE RANGE

初手はサンボからのスタート。去年も参戦したがやっぱりサンボはアツい。The BONEZ の分までやってくれた「そのぬくもりに用がある」は大名曲。大満足のスタートでした。
岡崎体育を横目でチラ見しながらSIMへ。正直モッシュに入るつもりはさらさらなかったので「Killing Me」を遠くで聞きながらツーステップを踏みまくっていた。
そしてyonigeへ。最近まともに聞き始めたがとてもよかった。新曲の「リボルバー」がまんまハヌマーンの「アパルトの中の恋人たち」なのでぜひ一度聞いてみてほしい。だらっとした夏の終わりを感じさせる良曲。今後も追いかけよう。
そしてアジカン。中学生の時から聞いていたバンドを生で見るというのはやはり感慨深い。個人的にはブルートレインやってくれたのがうれしかった。あとはエルレとラッドを生で見ることを目標にしよう。
ここで雨と汗でびちょびちょになったので着替えとごはんタイム。炭火をおこしてBBQ。肉を食いながらT字路sを聞く。酒を飲みながらゆっくりと音楽を聴く時間は最高。このためにライジング来てる。

初日一番のベストアクトは個人的にオレンジレンジだった。いやぁ最高だった。世代ど真ん中直撃のセットリスト。
見に来たみんな全員歌詞把握して歌いまくってるのには感動すら覚えた。アンコールまでやってくれて大満足。
これで雨さえ降らないでくれていれば・・・

1日目だけでTシャツ三枚をだめにしてしまった私は、翌日の着替えの心配をしながら男6人で4人用のテントにもぐりこんだので会あった。