ヘルニアおじさん
四半世紀。まだ20代半ばでまさかヘルニアになろうとは露ほども思っていなかった。
青天の霹靂とはまさにこのことだ。
三連休、大学の同期と後輩とキャンプに行く予定も、絶対安静ということで流れてしまった。
現在、まったくやることがなくて暇な私は、首にコルセットを巻きながら半ベソかいてキーボードを叩いている。
木曜日。夕方。いつも通り業務を終えた私は首筋に鈍い痛みを覚えた。
朝から腹の調子が悪く、おなかピーピーマンだったせいもあり、「朝から寝違えていた首が今になって痛み始めてきたかな」ぐらいの感覚でいた。
帰宅しても痛みは治まるどころかむしろ悪化していく。寝返りすら打てない状態が一晩中続いた。
しかし、たかが首の寝違えで会社を休むわけにも行かない。
しかも明日は指導役が休みだ。実質課長と私の二人でお客様を裁かなければならない。
私は腹をくくった。「明日は死んでも会社に行って業務をこなしてやろう」
そう決意した私の首は、すでに傾き始めていたのだが。
翌日、湿布でガチガチに首筋を固定し、私はぎこちない足取りで出社した。
明らかな挙動の不振さと表情の気持ち悪さで早速上司にバレる。
「いやぁ、寝違えたみたいで全然首回らないんですよ」
私はピエロになり切り、笑ってごまかした。しかし、副支店長、あっさり見破る。
「飲み物飲むのすらきつかったりしない?」
「キツいですね。歯磨きすら厳しかったです」
「それ、寝違えじゃないかもしれない。今日仕事終わったらすぐに病院に行きなさい。」
私の中に「頸椎」というワードと「ヘルニア」というワードが同時に浮かんできた。
いやいやいや、まだ25だし、さすがにねぇ・・・?
とりあえず夕方以降に空いている整形外科を見つけ出し、帰りに行くことにした。
その日、私は2件のお客様対応を任されていた。
私は今現在事務の勉強中であり、客対応はほとんどしていない。
指導役が休みのため、そのお客様を例外的に対応することになったのだ。
うち1件が少し立て込んでいるパターンで、私は事前に申し受ける書類一式をメモして頭に叩き込んでいた。
そういう日に限って厄介な客は現れる。予約もしていない飛び入りの客が5,6人連続で来店し、課長と私はてんやわんやとなった。2人しかいないのに回るわけもなく、かなりお待たせしてしまったお客様もいた。
しかも来店していることを言わずにただ黙って座っているだけというたタチの悪さだ。気づくわけがなかろうに。
電話でわけのわからないクレームも連発し、昼飯も食べれない状況であった(もともと昼飯も食えないぐらい首が痛んでいるのだが)
何とかすべてのお客様をさばき切り、ひと段落つく頃には定時間際。首の痛みも限界に達していた。
脂汗を書きながら曲がった首で必死に客対応していた私を見て、普段全く褒めない課長も「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」と、首相ばりに褒めてくれたのはちょっとうれしかった。
少しだけ早引けさせてもらい、私は整形外科へと急いだ。すでに首は固まって全く動かない。
お客様からも心配されていたので、相当気持ち悪い顔をしていたのであろう。
レントゲンを見た先生が一言
「ギリ飛び出てますね・・・」
「それは神経がということですか?」
「ええ。三番と五番ですね・・・」
「三番と五番」
「ええ、MRIをとっても?」
「かまわない」
後半から全く笑えなくなり村上春樹のような返答しかできなくなっていた私であったが、人生で初めてMRIをとることになった。
20分ばかり狭い機械の中に詰め込まれ、体を輪切りにされた写真を撮影する。
「鮭とかさばかれてるとき、こんな気持ちなのかなあ」
などと訳のわからないことを考えているうちに撮影は終わった。
やはりちょっぴりだが飛び出ている。この程度なら治るらしいので、しばらくはリハビリに通わなければならないみたいだ。
日頃の運動不足、生活の乱れが主な原因らしいので、痛みが治まったら本格的に筋トレを始めようと考えている。
痛み止めと湿布、最終兵器の座薬をもらって、会計が8,000円だった。MRIがくそ高いのだ。
わたしの財布の中には7000円しか入っていない。
「あのう、ここってカードは・・・?」
「あー、つかえないんですよ」
「・・・ちょっと電話してもいいですか」
「どうぞ」
25にもなって親に電話をし、迎えと足りない分の現金を持ってきてもらうという情けない成人男性の姿がそこにはあった。
というか僕だった。